HISTORY 日東エージェンシー60年の歩み

1952年、柴田勝一(代表取締役社長)、小倉昭子(専務取締役)の兄妹により創業。独立系の広告会社。
  • 小倉専務取締役は、ごく一部の企業がマーケティングを取り入れはじめたころ、米国に渡り、広告、マーケティングを学び、マーケティング部や先端情報収集のために海外部を創設。また、クリエイティブにも力を注ぎデザイン専門会社を併設。
  • TVのコンテンツとして米国TV番組に注目。
    「ナポレオン・ソロ」(NTVネット)、「ポパイ」(TBSネット)、「バットマン」(CXネット)、「ターザン」(NETネット)、 「チビッコギャング」(NETネット)などの人気番組を独自に、また、東北新社とのコラボにて買い付け、提供スポンサーを開拓し放送。
  • また、ゴールデン・タイムにて初の劇画ドラマ化「無用ノ介」(NTVネット)など数多くの企画提案を行った。
  • 主要クライアント株式会社不二家に米国バスキン・ロビンス社(サーティーワン・アイスクリーム)を紹介。
    両社の合弁事業に寄与。約20年間、店舗開発から販売促進、広告を担当。
  • 海外部では、海外クライアントを積極的に開拓。多くの海外企業の日本市場での広告、販促を担当。
    (カルフォルニア・アーモンド社は日本市場のパッケージから広告・販促まで手がけて約30年継続。
    その他、マレーシア・シンガポール航空、バービー人形のマテル社、オーストラリア政府観光局、グアム政府観光局、サンメード・グロワーズ等の広告、販促活動を長年担当)
  • 戦後の米国を代表するデザイナー:ソール・バスを招聘して、ブリヂストンをはじめクライアントのロゴの制作からCFの制作など等を行う。
  • 米国広告業界の第一線で活躍するハーリー・W・マクマハンを招聘して定期的にセミナーを開催。
    ハーリー・W・マクマハンの著書「広告の力学」(New Dynamicsin Advertising)を誠文堂新光社から出版。
  • 1982年(昭和57年)1月、代表取締役社長柴田勝一逝去により小倉昭子が代表取締役社長に就任。
  • 我々は、TV、新聞、雑誌などの広告制作・扱いが主力であったが、多くのユニークなイベントも企画・実施。
    「DAIKYO WORLD CUP TRIATHLON」 オーストラリア・ゴールドコーストにて開催
    「那須高原クロスカントリー」
    「地球に緑を 親と子の10,000人コンサート」(阿蘇アスペクタ)
    「P・E・S・A 視聴覚障害者のための音楽コンサート」 他
  • 2004年(平成16年)11月、代表取締役社長小倉昭子逝去に伴い、元取締役内山章が30年振りに復帰し取締役相談役に就任。代表取締役社長に小澤章吾就任。
  • 「全日本ドッグ・マラソン大会」を企画運営。
  • 2010年10月、取締役相談役内山章が取締役会長に就任。代表取締役社長に廣崎知行が就任。